2021年8月17日火曜日

2LDKに1人暮らししてる件

みなさん、お久しぶりです。
前の投稿から2年以上、ほぼ3年が経過しようとしていますね。
(相変わらずの投稿の遅さ…、目を通してくださっている方、いつもありがとうございます)


新しいPCを購入したので、今後は少しアップテンポで更新出来たらいいなって思ってます。


自分で支払う(私にしては)高額な買い物…!
PCが手に入ることへのワクワク感ももちろんありましたが、
私はPCが無くても生きていける生活だったので、
ある意味 「娯楽品」 に投資することのドキドキ感が勝った気がします(笑)


タイトルの話に移りますが、2年前から1人暮らしを始めました。
1人暮らしなのに、2LDKの賃貸アパートに暮らしています。


1人なのに2LDKなんて贅沢じゃないか!って思う人もいるはず…
その通りなんです(笑) 自分でも、贅沢って思います。
でも、住みたかったんです。


一般的な1人暮らしの広さでない2LDKを選んだ理由は、大きく2つ。

 ①会社から毎月およそ30,000円の補助が出る
 ②過ごし方ごとに部屋を分けたかった


①金銭補助について
 ありがたいです。
 そうはいっても、2LDKの家賃は高く(承知で借りたので、不満はありません)、
 入社して数年の私にとっては、補助なしでは住めません…。
 一定の年齢になると、会社からの補助は一切なくなるので、
 そのタイミングで引っ越す予定です。


②部屋を分けたい件について
 リビング、キッチン、寝室、着替え用のお部屋…みたいに、
 用途ごとに部屋を分けたい思いがありました。
 ※これは、完全に実家の影響を受けてます(笑)
  留学先での住居が広かったせいもあるかもしれません。


ブログを書きながら気が付いたことですが、
部屋の広さ(大きさ)より、部屋数の多さが私にとってのポイントだったみたいです。


賃貸の部屋選びって、部屋の広さそれぞれにメリットデメリットがありますが、
住んでみないと気が付けないことも多い気がします。
敷金・礼金・引っ越し代金もろもろかかるので、
「たくさん引っ越して場数を踏もう!」なんてことはできませんが、
InstagramとかPinterestに載っているお部屋を参考に、イメージを膨らませるといいんだなぁ、きっと。


より安くて、住みやすいところに住めるよう、
断捨離を頑張ろうと心に決めた本日。
とりあえず、喫緊は断捨離の経過とか、私なりのやり方とかを書いていこうと思います。
(宣言しないと進まない可能性大なので、どうでもよいかもしれませんがすみません笑)


今日はここまで。皆さん、コロナ・大雨の災害に気を付けて。どうかご無事で。
Healing doesn't mean the damage never exsisted, it means the damage no longer controls your life :)

2018年12月11日火曜日

好きなことを取るか、働きやすさを取るか

みなさん、こんにちは。

平成最後の冬は興味深い天気ですよね。
12月だというのに、この間は20℃まで温度が上がったし、まだ雪も降ってないですね。

暖かい気候が大好きな私にとっては、特別これといった不満は無いのですが、下がるべき温度が下がらなかったり、スタッドレスに履き替えたのに雪が降らなかったりすると、やっぱり少し不安になります。。。

みなさんはいかがお過ごしですか?


私は休職しています。
お休みをいただいてから、早2ヶ月が経ちます。

今はだいぶ落ち着いてきて、自分の気持ちについて考えることが少しずつできるようになってきました。まだ考えが固まったわけではないですが、今の考えをここに書き留めておきたいと思います。

タイトルにも書きましたが、大きなポイントは、「好きなことや楽しいと思えることを仕事にするか、それとも、満足できる給料と福利厚生などが充実した働きやすい環境の仕事を選ぶか」


①まず、好きなことについて

話は飛びますが、先日にあった出来事からお話しします。
たまたま泊まったホテルのフロントで海外の女性を見かけました。
英語が話せるスタッフがおらず、困っていたので、差し出がましいかとは思いつつも、とっさに言葉が出ていました。
「私、英語はなせます!」
話が通ったところで、「助かったわ、ありがとうね。このペン、オーストラリアから持ってきたの。よかったらもらって。」と女性から、お礼にペンをもらいました。

休職して以来、楽しいと思えることもなく、気分転換にたまたま泊まったホテルで出会ったオーストラリア人の女性との出会い。
誰とも会いたくなくて、海外の友達とすら話したくなかった私に、おとずれた英語を話す機会。


震えるくらいの喜び


英語を話すってこんなにも心が躍ることだったんだ!
英語を話して困っている人の役に立てるってこんなにも嬉しいんだ!
久しぶりに感じた高揚感。
あぁ、私、英語を話すことが好きなんだ。

前から、英語を話すことが好きだとは思っていたけれど、私の中でこんなにも大きな喜びだったとは知らなかった。

私の好きなこと「英語を話すこと」


②次に、今の会社について

一言でいうと、良い会社だと思う。
配属された部署柄もあるかもしれないけれど、残業は月に5時間あるかないかで、ほぼ毎日が定時退社。他の会社に勤めたことが無いから、比較はできないけれど、休暇も割と自由に取得できるし、自分の勤務姿勢を適正に評価してくれる。給料だって文句ない。
職場のメンバーも、気にかけてくれる優しい人ばかり。

つまり、働きやすい。


よく、「やりがい」なんて言葉を聞くけれど、いざじっくり考えてみるとよくわからなくて、改めて調べてみました。
「安定を取るか、やりがいを取るか」で調べたら山のように検索結果が出てきました。
みんな、似たようなことで悩んでるんですね...苦笑
ある方の悩み相談に対するアドバイス欄に、ハッとする意見がありました。

その方によると、
「やりがいがない=結果を期待されない、きちんと評価されない、感謝されない、学びもない」ということなんだそうです。

ある転職サイトによると、
「やりがい=評価、報酬、将来。自分の成果がどんなふうに社会の役に立って、どんな評価がもらえて、それによって自分は何を得られて、将来にどうつながっていくのかというストーリーに満足感を得られている状態だとやりがいがあると感じられる」らしいです。

実用日本語表現辞典によると、
「事に当たる際の充足感や手ごたえ、張り合い」との記載がありました。

んー...
今の会社は、仕事の目的を共有したうえで、きちんとした評価もくれるし、感謝もされる。給料も学びもそれなりにある。


まとめると「やりがいのある会社」ということになるのだと思う。


ただ、転職サイトにあるような、将来への繋がりとかはよくわからないし、
辞典にある、お仕事への充足感もあるかと言われるとYESとは言いにくい。


③私のしあわせ

「好きなこと」と「やりがい」について書きました。
結局のところ、どちらを取るかは、自分が幸せと思うことによって決まってくるのではないかと思うのです。

もちろん、好きなこととやりがいや働きやすさが両立するのに越したことはありません。

でも今は、現状から抜け出す糸口を見つけるために、「自分にとってどんな状況が幸せなのか、幸せを実現するのに今の会社は適切か、それとも転職を考えたほうがよいか」を軸に、私の気持ちと向き合ってみます。

私にとって一番大切なのは、「家族、恋人、大事に思ってくれる友達」です。
彼らと旅行に行くため、家族が気になった商品を買ってあげること、おいしいご飯を食べることが私のしあわせです。

そのために、ある程度のお金は常に持っておきたいというのが正直なところです。
それなりのお給料がある会社は魅力的です。

あと、きちんとお休みできることが私には重要なポイントです。
いくら大好きな仕事だったとしても、土日も働き詰めで休みが無いのは嫌です。
生活のための仕事であって、仕事=生活とはしたくないからです。


<今日の気持ち(変わるかもしれない)>
私は「安定」すなわち「満足できる給料と福利厚生などが充実した働きやすい環境の仕事」を選ぼうと思っています。
自分のしあわせを実現するために、まずは仕事は仕事としたいと思います。
英語を話すことは大好きですが、趣味として仕事以外の時間に機会を見つけるなどして、充足感を得る方向で、そういう場があるかを改めて探してみたいと思います。

休職した当初、周りも見えず、自分自身も見えず、何もわからなくなってしまっていた自分が、こういうことを考えられるようになったことを、今は褒めてあげたい。

I walk slowly, but I never walk backward.

2018年10月12日金曜日

お仕事はじめて半年経過

みなさん、お疲れさまです
最近、無性に牛乳を飲みまくっている私です。

友達に牛乳嫌いの子がいて、
「牛乳なんておいしくない!」
と、猛抗議を受けました。
私からすれば、『牛乳ってもともと人間が飲むためのものじゃないし…「牛の乳」
おいしいって思える人が飲めばいいんじゃない?』
...まぁ、加工されているから、売っている牛乳は人間が飲むものだけどさ(・ω・`)

そろそろ、本題に入りますね
お仕事はじめてから半年が経過しました。

正直、辛いです。
会社行くのが億劫な毎日。

何が嫌なのか...
こんな嫌なことがあるといったわけではなく、

楽しいことが一つもない。

指示とか疑問に対して説明される内容がわからなかったり、
英語に関わる仕事がしたかったのに英単語すら見ない日々だったり、
右も左もわかんない。

働き始めてまだ半年だし、わかんないことばっかりでもしょうがないとか、
指示内容が理解できなくて苦しいのも、私の勉強不足なのかなとか、
自分をそれとなく慰めてみるけど、全然気持ちが晴れない。

英語が話せる業務ができるって言われたからこの会社に入ったと伝えてはあるけど、「英語を通して関わる人が必要としているものって、単なるコミュニケーターじゃなくて人事に関わる情報とかに精通してて、《かつ》英語が話せる人」って説明されて、まぁうん、そうだよねって感じ。

ここまで読むと、
新人あるあるな悩みだと思うし(実際、先輩とかからも言われるし)、
そんなに英語を使いたいなら英会話講師とか他にも仕事いっぱいあるし、転職って道もあると思う。

具体的な行動に出ない理由は、やっぱり「金」なんだよなぁ。

ただ、社会に出て初めて入った会社。理想は、自分が楽しいって思える仕事で、お金が稼げること。でもとりあえず3年間は今の仕事で続けようと思う。
石の上にも三年とか言うじゃん?

苦しいし、疲れるし、
自分の殻に籠り始めてる今日この頃だけど、
会社としてはすごくホワイトだし、
来週からも頑張ろ。

That was the turning point
That was one lonely night

2018年9月2日日曜日

平成最後の夏

みなさん、こんにちは。
台風が立て続けに日本に来て、各地で被害が見られますが、みなさんの地域は大丈夫ですか?

平成最後の夏は、とてもとても暑かったですね。
今年の夏は、気象庁も「殺人的な暑さ」と称したり、テレビの報道番組でも「エアコン付けてください」と呼びかけるほどの暑さでした。

私は、寮に住んでるんですけど、エアコンが付いてなくて…
さすがに、ヤバいと思った6月下旬くらいに管理者に尋ねてみたんです。

「費用で全部屋にエアコンを付けるのは厳しいということだったので、実費で付けてもいいですか」

そしたら衝撃的な返答が
「耐震的にエアコンが付けられる建物じゃないんです。ごめんなさいね」

...細かい理屈はよくわからないけど、実費でも付けちゃいけないんだそうだ。
窓は開くけど、この間、不審者情報があったばっかりだから夜は開けられないし、
家庭用扇風機は買ったけど、さすがに死んでしまう...と悩んでいる内に、あっという間に真夏になりました。

結果から言うと、無事に生きています!
<生き延び方>
①保冷剤と扇風機(夜中に2、3度、保冷剤を交換する必要あり)
②帰宅後すぐにエアコンのある家に移動→朝一時間以上かけて寮に戻り、出社準備
③車中泊(エアコンで社内を冷やした後、消して寝る)

今年は、蚊とか虫が少なかったと実感のある人も多いと思いますが、
報道によると、35℃を超え始めると、虫たちの致死温度となるそうです。
虫嫌いの私にとっては、無駄な殺生をしなくて済んで、素晴らしい夏でした(*´ω`*)

人間にとっても、なかなかしんどい暑さの夏だったけど、
なんだかんだ生きられました。

夏の装いで、今まではホットパンツにキャミみたいな恰好だったんだけど、
社会人になってからは、そんな恰好ができる機会もなく...。
これが大人になるということかと実感した夏でもありました。

お店に秋の商品が並び始めたのを見て、
夏が終わる寂しさを感じ始めています。

あっつかったけど、やっぱり夏好きだなぁ。
平成最後の夏を表すとしたら、「暑さ」「花火」

彼氏に東京へも連れてってもらったし、日帰りだったけど家族と旅行にも行ったし、誕生日も迎えて、気持ち新たに明日からも頑張ります!
みんなも元気でね!

Yesterday is a history, tomorrow is a mystery, today is a gift. That's why we call it as a present.

2018年5月20日日曜日

新しい職場で早一ヶ月

みなさん、こんにちは。

新しい職場になって、早一ヶ月が経とうとしています。
新しい生活環境になって、新しい人間関係ができて、新しい仕事を覚えて。
毎日、新しいことが盛りだくさんで、生まれたばかりの赤ちゃんみたいな気分。
辛くはない。言ってみれば、毎日楽しいと思う。
ただ、こうして追われて一年が過ぎていくのかと思うと、ちょっと怖い。

正直にいうと、やりたかった働き方ができているわけじゃない。
「そんなの、まだ働き始めたばっかじゃん」
「まずは、与えられた仕事を覚えるのが先だよ」
その通りだと思うし、そのことについて異論はない。

どんな働き方がしたかったのか。
今まで、英語力を磨いてきたから、できれば毎日英語を話してお仕事がしたかった。
今の職場は英語を話すどころか、英単語すら見かけることもない。
英語力を維持するために、英語を話せる場所を見つけたいけど、
私がいま住んでいるところでは見つけられそうもない。
海外の友人と話しても、英語力が落ちているのを実感する日々。
今では英語を話すことそのものに自信を失いつつさえある。

「東京とか都市部なら、そういうお仕事たくさんあるんじゃないの?」

たしかに。その通りだと思う。

私が勤めている場所は、都市部では無い。
これには理由がある。
私が持つ疾病と家族のこともあって、地元での就職を決めた。
「地元」「英語」
この二つの観点で会社を決めた。

職場には、英語を日常的に使う機会が無いこと以外は、
特にこれといった不満はないと思ってる。
ただ、納得していない自分がいるのも事実。

話は変わるけど、
ついこの間、The Greatest Showmanを観た。
ここでは映画の解釈について述べるつもりは無い。
映画を観て、自分で思ったことを書く。
「夢」とか「やりたかったこと」とかって、
大人になるにつれて、現実的に考えて諦めてしまう人が多いと思う。
私もその一人。
諦めて、現実的に選んだ道を歩いて、日々に忙殺されるうちに、
もともと持っていた情熱とか思いまで忘れてしまうことがある。
「現実世界で生きていくには、ある程度のお金が必要だし、夢ばっかり語ってられない。」
私がここで言いたいのは、夢を諦めたからといって、
その夢に対する情熱とか思いまで捨てないでほしいということ。
忘れたら、思い出すのにはとても苦労するから。

たとえ、今は納得がいかない過ごし方をしているとしても、
内に秘めた情熱があれば、人はいきいきと生きていけると思う。
着ている服とか、職業とかで他人からは判断されることが多いけど、
自分の思いさえ忘れてなければ、笑って生きていけると思う。
私はそんな生き方をしたい。

「あなたの夢は?」
パッとこれです!みたいには、言えない。
けど、小さい頃は、踊るのが好きだった。
歌うのも好きだった。
英語ももちろん好き。
教育にも興味ある。
忘れてしまったことも沢山ある気がする。

明日、死ぬかのように、人と接し、
あと何千年も生きるかのように学ぶ。

そんなことを誰かが言っていたような気がする。

よし、明日からもお仕事がんばろ。

みんなも風邪ひかないようにね。

No one ever made a difference by being like everyone else.

2018年1月17日水曜日

私の取り扱い説明書①ストレス発散編

みなさん、こんにちは。
日にちを見ると、最後の投稿からだいたい一年半経ってるんですね。
おひさしぶりです。

このブログは、留学に際して作ったんですけど、留学も終わったことだし(2年前に)、そろそろ違う話題も書いていこうかなと思います。

あ、もう書いてましたね、一つ。教育実習について。
こんな感じでたまーに書いていくつもりなので、よろしくお願いします。


それでは、今回の本題に入りますね。
冒頭にも書いたように、一年と半年の間、ブログを書いていませんでした。
理由は二つです。
一つ目:ブログを書こうと思い立たなかった
二つ目:自分の中のある疑問と闘っていた

大事なのは、二つ目なんです。

どんな疑問か…?
一言で表すと「人と関わりたくなくなってしまった」です。そういう人もいるんじゃないかと思う人もいるかもしれないんですけど、私の中では割と事件でした。

自分で言うのもなんですが、私は明るくて活発な性格をしている方で、留学もしているように、人との出会いが大好きだったんです。パーティに出かけたり、色んなコミュニティーに顔を出したりして、人との関わりを楽しむタイプだったんです。

それが、

およそ一年半前くらいを期に、人を避けるようになって、パーティとかの場も億劫に感じるようになりました。どうしちゃったの私って感じでした。

ある日、ストレスチェックの項目を見る機会がありました。そこに、あったんですよ!人と関わりたくなくなるって!!

そうか…と思って、普段とは異なる自分の気持ちの原因を知るために、一年半くらい前を振り返ったんです。でも、思い当たるような大きなイベントは一つもありませんでした。むしろ半年前の方が、色々大変だったって記憶があるくらい笑。

え?なんのストレス??

私は話がしたくて、前からお世話になっていた方に会いに行きました。
アポも取らず、いきなりお部屋に押し掛けたのに、笑顔で招き入れてくれる優しさ。うれしい。ほんと感謝。

しばらくぶりだったから、最近どう?みたいな話をしてから、私の疑問を尋ねてみました。

改めて「一年半前に何かあった?気にしてたこととかある?」って聞かれて、気にしてたことって言えば...と思い立って色々話しました。
具体的なことは長くなっちゃうから、ここでは書かないけど、家族のこととか、寮のこととか、一年半前限定じゃないけどずっと考えていたことを伝えたんです。

そしたら、

「大きいイベントじゃなくても、日常のことで思うところがあったんだね。慢性的な積み重ねがストレスになっていたのかもよ。」

なるほど。

「人と関わることは、たとえ楽しい場だとしてもエネルギーが必要なの。今はきっとそのエネルギーが足りない状態。本来は、家とかリラックスできる場所でエネルギーを回復して、外で消耗するのを繰り返すはずが、家でも消耗している状態なんだろうね。人と会いたくないっていう反応も、エネルギーがマイナスにならないように自分で無意識的にセーブしているんだよ。」

つまり、
疑問「人と関わりたくない」っていうのは、慢性的に溜まったストレスでエネルギーが無くなりかけた私が、防衛本能で出した気持ちの反応だったということです。要するに、SOSですね。

たしかに、そう言われてみれば、思い当たる部分が無い訳でもない。
自分に余裕がある時は、多くの人と関わっても自分が納得のいく関わり方ができるし、そういった時間を過ごせたことが充実につながるし、楽しかったって実感できる。けど、疲れてる時って、何しても面白くないし、自分の言動を振り返って落ち込んじゃう。

そういう意味では、コミュ力とかってスキルみたいなもんだなぁって思う。HPがある時は、十分に威力を発揮できるけど、反対に、HP少ない時は、すぐ瀕死になっちゃうみたいに、すごく繊細で敏感で、ちょっとしたことですぐ壊れちゃうし、そもそも使えない。

人と関わりたくないっていうのに付随して...
最近、自分が思ったことを口に出したり、声に出して笑ったりするのが怖くもなりました。
世の中には、色んな価値観の人がいて、色んな考え方がある。それを理解して受け入れれば入れるほど、自分が何の悪気もなく発した言葉とか表情が知らないうちに誰かを傷つけているんじゃないかって不安になる。
でもそれって、自分がちょっと疲れてたり弱ってたりするから、敏感になりすぎているだけなのかもしれない(もちろん、ある程度の配慮とかは必要だろうけど)。

「自分がいっぱいいっぱいになって、辛くなったらどうするの?」

私は、実家ではトイレに入りました笑(家のトイレ割と広いんです、部屋みたい)。寮だと自分の部屋ですね。

つまり、(ここまでがだいぶ長くなってしまいましたが...読んでくれた方ありがとうございます)

自分の時間が必要だってことです。

ストレス発散方法は人によって多種多様だと思います。気の置けない友達に愚痴を聞いてもらうとか、カラオケにいくとか、ショッピングするとか...。

私の場合は、自分の時間が無いとダメみたいです。キャパオーバーになっちゃいます。
ストレスの原因となっている要素はまだ解決しそうにないですが、これからは自分の時間やペースを大切にして、少しずつ今までの自分の元気を取り戻していきたいと思います。

私の取り扱い説明書①
自分の時間を持つ機会や場所を設けてあげましょう。

①と付けたのは、次があるだろうという私の予想の下、付けさせてもらいました。なので、もしかしたら①で終わっちゃうかもです(^^;

The greatest glory in living lies not in never falling, but in rising every time we fall.

2017年6月13日火曜日

最後の教育実習を終えました

皆さん、お久しぶりです。
久しぶりの更新すぎて、誰か読んでくれている人などいるのだろうか…という感じですが、自分の中での整理のためにここに残しておきます。

二週間の教育実習を終えました。
おそらく人生最後の実習でした。
もっとこうすればよかったという反省はあるものの、自分としては納得のいく毎日を過ごすことができました。

まずは、授業について。
今回の実習で一番印象的だったのは、観察をしていても、実際に自分が授業をしていても、私自身がとても楽しかったということです。以前の私であれば、子どもから予想外の発言が出た時、焦りで頭が真っ白になっていたはずです。しかし、今回は、予想外の発言も含め、子どもが発言する裏にどのような思考があったのか聴きたいという気持ちが非常に大きかったです。このように思えるようになったきっかけがあります。指導教員の先生が実習初日に私たち同学級の実習生にかけてくださった言葉です。

「授業は子どもを愛する行為そのものです。愛する行為に上手も下手もありません。」

この言葉に、私は感銘を受けました。
円滑に授業を進めよう、いかにわかりやすく内容を説明しようか、と気張っていた部分があった私から、フッと肩の力が抜けました。一人ひとりの子どものことを思い浮かべながら計画を練った授業案ができたら、後は、子どもの考えに沿って臨機応変に授業をすればいいんだ。予想していた反応でも深堀りしてみたら実は考え方が違ったり、予想外の反応からは教師だけでは気づくことができなかった新たな考えに出合い、クラス全体で考えることができたり。授業を通して、子どもたちと会話をすることで、私自身「なるほど…」と思う機会が沢山ありました。そのため、授業自体は指導案で計画していたまとめまで到達することは少なかったですが、子どもたちにとって、良い落ち着きどころで授業を終えることができました。

ある授業で、私はどうしてもこだわりたい部分があり、自分の思いを同学級の実習生に打ち明けました。それは、「フラッシュカードであらかじめ書いた文章を持って行ってもいいんだけど、やっぱり子どもから出た言葉を自分の手で板書したい」という思いでした。他の授業でも「他の授業内容の方が子どもたちにとって面白いんじゃないかと提案してくださる先生の意見を考えた上で、やっぱり自分の案で試したい」という私の思いを実習先の先生方始め実習生の仲間は理解をしてくれました。そんな思いで授業を終えた私に対して、ある実習生がかけてくれた言葉に私は心打たれました。

「先生、闘っていたね」

自分のエゴで進める授業ではなく、子どもたちを真に思って、彼らにとって何が最善かを自分なりに考え、チャレンジすることができたのかと振り返ります。だからこそ、反省する部分はあっても、終わった授業に対してポジティブな感情を持っていられるのかなと考えます。

この実習を通して、他の先生方の授業参観における見方も変化したように思います。子どもたちの興味が違う方向へ行ってしまいそうな時でも、踏ん張っている先生がいる。ともすれば、教師主導で進めていくことも可能なのに、敢えてそうせず、子どもたちの意見を一つひとつ丁寧に拾っていく。そんな場面に出くわしたとき、「指導案のまとめまでたどり着かなかった授業」ではなく「最後まで子どもに寄り添おうと闘った先生」と捉えられるようになったのは、実習を通した私の一つの成果かなと思います。
もちろん、子どもに考えて欲しい道筋があることも事実なので、子どもがより良い『問』を持てるように、教材研究にこれからも励んでいきたいと思います。

次に、生活面について。
子ども、といっても一人の人間であり、確固たる自我を持っています。年齢に関わらず、やらされるのは嫌いだし、筋の通った彼らなりの意見を持っている。「学校現場」だからこそ、「子どもだから…」という考えは通用しないということを実感したように思います。子どもの時に知らせなくていいこともあるのは理解できるが、何も隠さずに全てを伝えたほうが、いい時だってある。子どもの時はよく「怒られているうちが華だよ」と言われたものですが、社会に出る、子どもたちの前に立つ一歩手前になり、「反感を表してくれているうちが華だよ」と感じます。素直にぶつかってくれる子どもだからこそ、自分自身も等身大で子どもと向き合っていきたいです。

少し長くなったので、このあたりで。
最後に、大好きなメンバーに感謝を伝えて終わりにします。
指導教員、同学級の実習生、クラスの子どもたち、ありがとう!